2005 Vol.3 No.1「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部  2005年7月31日発行
有吉佐和子『和宮様御留』論
─その創造の方法をめぐって─
高橋与四男
要 旨
有吉佐和子の小説『和宮様御留』(1978)は幕末から明治にかけての時代に,「公武合体」の名目で皇女・和宮が将軍・ 徳川家へ降嫁したという,紛れもない史実に沿いつつ,実際に嫁いだのは和宮本人ではなく,替え玉だったという作者の 大胆な推理に基づいて,一人のうら若い少女の悲運を描いたものである.文芸評論家の篠田一士氏も述べているように, 重要なのは物語が事実かどうかではなく,読者に如何にリアリティを感じさせ,ひいては感動へと誘うか,である.この ことは,作者の有吉自身も強く主張しているが,本作においては,それが見事に成功し,結果として,物語創作における 事実と虚構という重要な側面を明解に示すことになり,同時に作者の「創造の方法」の一端を垣間見ることが出来る.

この小説『和宮様御留』の真の主人公は,徳川家へ嫁す筈であった当の和宮ではなく,その身代わりとなったフキとい う十四歳のいたいけな少女である.彼女は和宮の生母である観行院の兄・橋本実麗の屋敷の一婢でしかないが,かねてよ り和宮の替え玉に思いを巡らせていた観行院の目に留まって,一切の説明やフキ本人の承諾などなしに,いきなり桂御所 へ上げられ,そのまま和宮の身代わりとなり,ついにはその重責に耐えられず狂死してしまう.この,いわば小動物にも 似た健康で純粋な,汚れを知らない少女が,周りの大人たちの勝手な思惑や都合で,短い生涯を翻弄される様は,あたか も全ての人間の罪を一身に背負って十字架にかけられたイエス・キリストを彷彿させて,読者の精神の最深部へ訴えかけ ないではおかないであろう.