2005 Vol.3 No.2「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部 2005年11月30日発行
新刊紹介:河川事業は海をどう変えたか
宇野木早苗著
(株)生物研究社A5判,116p. 2005年6月発行
本書は表題に記された通り,ダムや河口堰などの河川事業によって海でどのような深刻な問題が生じているかを解説した ものである.わが国の高度成長期に頂点を迎えた国土開発の代表として河川事業があげられる.陸域を対象とした河川事業 の結果が長年月を経て河口,海岸,沿岸海域そして大陸棚海域へと影響を及ぼし,自然環境の変化,例えば生物活動,生態 系の変化を通じて,陸で生活する人間の環境にフィードバックしてきていることはだれもが認めるところである.しかし, その認識は多くの場合,観念論的であり,時には感情論に支配されている.
著者は,気象庁・気象研究所主任研究官,東海大学海洋学部教授,理化学研究所主任研究員,そして日本海洋学会沿岸海 洋研究部会長を歴任した沿岸海洋物理学者としての経歴から推測できるように,沿岸海域,河口域の海水の力学的振る舞い に対する科学的,定量的観察・調査,解析に培われた洞察力をもって,ときには裁判の場で争われてきた多くの河川事業に よる環境影響に対し,観念論を排して,現地で得られた科学的,定量的なデーターに基づく解説を行っている.
本書の結びで,纏められているように,著者の主張(即ち,読者が認識を改めるべきこと)は以下の6項である.
1.川と海は一体のシステムとして解析されねばならない. 2.上流での河川事業の影響は長年月を経て河口,海域において顕在化する. 3.科学的,定量的な環境影響評価が必要である. 4.環境改変による利益と損失の客観的バランス評価が必要である. 5.地域住民の経験には科学的真実がある. 6.自然機構理解のための科学的研究が推進されねばならない.
上記の項目に見られるように,本書は河川事業の影響を物理的に解説しているのみではない.事業の社会性を認識しつ つ,その合理性の存否を物理学者としての観点から指摘している.このような視点を一貫することは簡単なようで容易でな い.その重要性を認識できる貴重な著書といえる.本書では,しばしば,河川事業者,即ち行政の独善が指摘されている. この観点では,行政担当者の必読の書といえる.しかし,その指摘の裏側には,このような行政が判断の根拠としている, 事業の影響調査を科学的に実施したはずのコンサルタント,そしてこれを評価判定した科学者集団である環境影響評価委員 会に対する厳しい苦言が読み取れる.コンサルタントを含めたこれらの科学者・技術者の良心的な行動を求めている書でも ある.なお,上記の6項目に見られるように,自然機構の多く(例えば上記の第1項)が未だ未解明と言わざるを得ないの が現状である.従って,長年月にわたって耐えられる結論を導くことのできる環境影響調査もその評価も容易ではない.今 後の集中した研究の推進を支える若手研究者,さらに学生諸君の必読書ともいえる.さらに,本書は,一般市民には判りに くいとされがちな自然機構を,既に実施された,また現在実施されている河川事業に即して極めて具体的に平易に説明して いる.河川事業,そしてこれに支配される沿岸域環境に最も影響を受ける一般市民への啓蒙を念頭に置いた書であるといえ る.
紹介者:松田義弘 東海大学海洋学部
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