2005 Vol.3 No.3「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部  2006年3月31日発行
純愛物語論
─伊藤左千夫『野菊の墓』を中心に─
高橋与四男
要 旨
ここ数年,文学や映画などで純愛ブームが続いている.文学では片山恭一作『世界の中心で,愛をさけぶ』や市川拓司 作『いま,会いにゆきます』などがあり,この二作は映画やTV ドラマで映像化されたし,特に『世界の中心で−』は 舞台で上演も行われている.また,小説の分野でも『世界の中心で−』が,これまでの単行本としての売り上げ総数が三 百数十万部に達し,史上第一位を記録している.これらの作品が大人気を獲得する直前には,韓国作品の『冬のソナタ』 が,当地でも日本でも大ブレークを引き起こしたことは記憶に新しい.

この異常とも言える純愛ブームという現象は,一体何を意味するであろうか.一つ考えられることは,いわば一種の夢 物語としての純愛に潜む美なるものこそ,桁違いの多くの読者や観客の渇望や郷愁を呼び覚ましているのではなかろう か.それは現実社会で失われつつある,人間存在の根幹に関わる重要な真実でもあろう.本論においては,いわば純愛物 語の原点とも言うべき伊藤左千夫の『野菊の墓』を中心に,純愛ブームの意味するものの分析を試みることにする.