2006 Vol.4 No.3「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部  2007年3月31日発行
『タイピー』を通して見る「白鯨」
−直截な白人文明糾弾から象徴的断罪へ−
五十嵐博
要 旨
メルヴィルにとって書くという行為は,『モービィ・ディック』の語り手イシュメイルにとっての「海に出ること」と 同様に,「拳銃と弾丸の代わり」だった.彼は,作家としての人生を歩みだした当初から,見せかけの善悪の背後にある ものを書き,われわれの目に映る世界と人間の虚偽的な外観の背後にある真実を常に追究した.

処女作『タイピー』で彼は,19世紀の白人キリスト教文明を直截な表現で痛烈に批判し,文明開化された白人種がポリ ネシアの島々に住む純真な原住民たちに浴びせた数々の悪行を書き記した.原住民たちは初めから野蛮人だったのではな く,キリスト教文明の名において白人種が犯した侵略行為と極悪非道行為によって野蛮人にさせられた,とメルヴィルは 主張する.そして「白人文明人が地球上で最も獰猛な動物だ」と結論付ける.

白人キリスト教文明を糾弾するメルヴィルの声は,代表作『モービィ・ディック』の登場人物たちや舞台設定に象徴化 されていて,その中心に白鯨がいる.白鯨は読む人の視点によっていろいろなものの象徴になりうるが,『タイピー』を 通して見るとき白鯨は,はっきりと白人キリスト教文明の象徴として映る.