2009 Vol.7 No.1「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部  2009年03月31日発行
『マーディ』での若きメルヴィル−(3)
−喪失と幻滅−
五十嵐博
要 旨
『マーディ』は寓意物語で,そのメイン・テーマはマーディと名づけられた現実世界であり,そこには罪と悪がはびこっている.主人公のタジと彼の仲間たちは理想のイノセンスと幸福,平安を探し求めるが,マーディ内のいたるところで目にする数々の不正と悪徳に幻滅させられる.
最も嫌悪すべきは陰鬱なマラマ島で,人々を強圧的に支配しているキリスト教体制の寓喩であるこの島の制度化された宗教をタジ一行は拒絶する.後天的知恵に基づくメルヴィルの理性的判断を代弁するババランジャは,「聖職者や礼拝堂なしで」キリストの愛と信が実践されているセレニア島にとどまることにし,そこで彼は航海を終える.メルヴィルの本能を代弁するタジは,マーディに背を向け,失われしイノセンスを追い求めて外海に出るが,同時に,メルヴィル自身の罪の意識の化身である復讐者に追われる.
最終章でのタジの最終行動は,キリスト教界とキリスト信仰を含めた人間世界の現実に対する全面的拒否と否定を含意している.