2009 Vol.7 No.3「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部  2010年01月30日発行
元軍艦乗組員メルヴィル
−『ホワイト・ジャケット』に込められた意味−
五十嵐博
要 旨
メルヴィルの第5作『ホワイト・ジャケット』は19世紀前半の軍艦内の世界を描出している.いわゆるドキュメンタリーやノンフィクションではなく,彼が太平洋から軍艦乗組員となって帰郷した際の経験を想像を交えながら再構成した作品である.
メルヴィルにとって軍艦は「悪魔の精神とあらゆる不正」に満ちた,嫌悪と忌避の対象であり,「戦闘を行う者は悪鬼そのもの」であった.「正義と人道」が彼の信条であり,その視座から彼は,海軍の硬直した階級構造や強圧的制度を激しく批判した.
メルヴィルの視点で物事を見る主人公はWhite-Jacket というニックネームで呼ばれる大檣楼員で,昼は地球を夜は宇宙を大檣頭から眺めている.彼が着ている白ジャケットは「屍衣」,「白塗りの軍艦」,そして「ホホジロザメ」に喩えられ,いずれの場合も,軍艦が人々にもたらす死の表象になっている.そして,この白ジャケットはメルヴィルの次の作品『モービィ・ディック』に出現する巨大な白鯨のプロトタイプとなる.