2011 Vol.9 No.1「海ー自然と文化」東海大学紀要海洋学部  2011年6月20日発行
メルヴィル対白人キリスト教文明(2)
−人物と表象−
五十嵐 博
要 旨
ピークォド号による白鯨追求と断罪の航海は,白人キリスト教文明と自身のアイデンティティに対するメルヴィルの良心の闘いを比喩的に物語っている.船上の人物たちのほとんどがメルヴィルの代理人または分身であり,人間嫌いのイシュメイル,悪魔のようで神のごとくでもあるエイハブ,そしてエイハブの影であり,もう一人の自分であるフェダラーが中核をなす.
白い鯨,より正しくは「白塗りの」鯨は,白人キリスト教文明,およびその文明を正当化し,その後ろ盾となるキリスト教の神の概念を象徴すると同時に,その神の正当性を否定する無神論者メルヴィルの内奥の己の表象でもある.イシュメイルにとって白は,表面的には「天上の無垢と愛」の理念を表す「キリスト教徒の神の衣そのもの」の色であるが,究極的には人間世界を含めた自然界の表面下に横たわる「屍室」をおおう屍衣の色である.
物語はイシュメイルが「棺屋の前で立ち止まる」場面で始まり,救命ブイとしての空の棺につかまって大洋を漂っているところで終る.空の棺は,うわべは美化された「白塗りの」世界の下に横たわる死と虚無の表象であり,無神思想を象徴する.イシュメイル唯一人が救われる理由は,彼がすべての人間と人種を同等に扱い,真の公平さと思いやりを実践したからである.